あだち充と高橋留美子の漫画を読む。

僕はあだち充と高橋留美子のマンガのファンである。週刊少年サンデーで、彼らの作る作品が群を抜いて飛び出ていた。髙橋留美子であれば「めぞん一刻」「うる星やつら」「らんま1/2」、あだち充であれば、「みゆき」「タッチ」「ラフ」が好きである。

彼らのファンは沢山いて、少年時代から大人になるまで、今僕は30代半ばであるが、今見ても、とても面白い。あだち充と高橋留美子はそれぞれ意識しながら、作品を作っていたらしく、戦友という関係らしい。

どことなく世界観というか、空気感というか。それぞれ、共通したものを感じる。大人になった今、青春時代を舞台にした作品を見ると、過去の自分の記憶にリンクする。カラオケで「タッチ」の歌を熱唱することもある。別に甲子園球児ではなかったし、「うる星やつら」ほど、面白い学園生活をしてはいなかったが、少年時代はむさぼるように読んでいた。

現代は、殺伐としていて、テレビのニュースを見ると、学校のいじめ問題で自殺した生徒がいる。という報道を何度も見てきた。もし、いじめた側も、いじめられた側も、あだち充と高橋留美子の漫画を読んでいれば、運命は変わっていたかもしれない。

それだけ、あだち充と高橋留美子の作品に登場する学生たちは面白く。つまり人間の面白みを描き切っている作品はそう多くはないだろう。

ギョーザの皮の手作りに挑戦

家族からリクエストがあったので、久しぶりにギョーザを作る事にしました。

久しぶりとは言っても、最近作らなかっただけです。

慣れた料理なので、買い物を済まして何となく作り始めました。

ところが途中で、異変に気が付きました。

ギョーサの皮が妙に少ないと思っていたら、途中で足りなくなってしまいました。

慌てて袋を確認したら、そのギョーザの皮は30枚入りでした。

家ではいつも50個つくるので、全然たりません。

買いに行こうかと思ったけれども、もしかしたら小麦粉を捏ねて作った方が、

買いに行くよりも早いかもしれないと、考えました。

ボウルに薄力粉を入れて水を加て、パン生地の様によく捏ねました。

それを小さく千切って、打ち粉をたっぷりと付けて、綿棒で伸ばしました。

作ってみると、意外と簡単だし楽しいです。

「何だ、ギョーザの皮って、簡単に作れるのね」などと思っていたら、

具を包む時になって、その考えが甘かったことが分かりました。

具を包んで生地の端を閉じようとしたら、生地が指にベタベタと付き、閉じれられません。

モタモタしていたら、手の平の上で生地がダレてきて、形になりません。

仕方が無いので、打ち粉を打ったまな板の上で、どうにかこうにか包みました。

只でさえ手間暇のかかるギョーザなのに、皮まで手作りしてヘトヘトになりました。

焼き上がったギョーザの味は、市販の皮のものと殆ど変わりませんでした。

今度からギョーザの皮は、枚数をちゃんと確認して買います。

今日のお仕事

私は、事務職の会社員です。私の他に3人他に同じ事務職の方と一緒に働いています。年齢も私が32歳で入社歴が6年ちょっと、29歳と26歳の子は3月と6月から入社した子達、そして入社20年以上の43歳のお局さんというチーム編成です。

みんないい人達で働きやすく恵まれた環境だと思います。現在、私は二人の子供を保育園に預けながら仕事をしているのだ9時から15時までの育児短時間制度で働かせてもらってます。そして、子供達の体調によっては仕事の途中で呼び出しやおやすみということもたまにありますが、嫌な顔せずにいてくれてとてもありがたいです。

しかし、私にはどうしてもイライラしてしまうことがあるのです。そんな恵まれた環境なのに心が小さいと思われると思いますし、私自身もそう思います。でも、言わせてください。みんな、仕事がかなり遅いんです。私が一時間でやる仕事を午前中いっぱいやったりとしています。

一生懸命やって、遅いなら全然いいんです。私にもあります。しかし、話が長く世間話をしては手が止まり、電話がなっても出ないということが多々あります。定時まで時間がありすぎて暇なのかもしれませんが、同じ仕事をしていると、彼女達の分まで時短の私がやっている状態です。

今日は一人の子がお休みでお局ともう一人の子は一時間は話し込んでしまい、電話を全くとってくれずに業務も進まないことにイライラしてしまいました。現在、座席が私だけはみ出していますが、9月末には座席も変わるので、すこしはよくなることを願います。ちょっとした今日のお仕事の愚痴でした。ご清聴ありがとうございました。

週末は何をしますか?

昼間の日差しはまだ夏を感じさせますが朝晩はすっかり秋の気配
夏の疲れが出てませんか?

これから行楽に最高の季節になりますね。この週末はどこかにお出かけしますか?
ひとりだと夏はなかなか出かける気にならなくて…
どうしようかな、と考えてしまいます。

じつは先月大好きだった彼女とさよならしてしまって、それ以来出かけるのが億劫になってます(・_・;
所詮叶わぬ恋だった(いま流行りの不倫とかじゃないですよ!)ってことなんでしょうね。

どこに出かけようかと考えていると去年のいまごろは…なんて思い出してしまって、また沈んじゃう日々です。
週末ごとにドライブして、行った先で何か美味しいものはないか探して穴場のカフェみたいに なところも見つけてみたり。
温泉でのんびりしてみたり。楽しかった思い出が浮かんでくるんですよね…

でもいつまでこんなことしてても仕方ないので、今週末そこはどこかに出かけるぞー!と意気込んでます。

海辺を窓を開けて気持ちよく流してみようかな。山に登って澄んだ空気をいっぱい吸って来ようかな。
美味しいものを探して行ったことのないところに行ってみようかな。

時間が解決してくれるんでしょうね。きっと…

新しい出会いと恋を見つけに今週末は久しぶりに愛車とお出かけしてきまーす^_^

お兄ちゃんが大好きな1歳半の娘

我が家の1歳半の娘は、2コ上のお兄ちゃんが大好きです。お兄ちゃんが保育園に行っている間は、私と遊んだり、ひとりで遊んだりしていますが、お兄ちゃんを迎えに行って、いざお兄ちゃんを見つけたとたんに満面の笑みがこぼれます。よっぽど嬉しいんだろうなあと、毎回思います。

そして、お家に帰って来ると、一緒に手をつないで玄関まで歩いて、一緒に手洗いをして、一緒におやつを食べます。その後、テレビを見たり、おもちゃで遊んだりしますが、とにかくお兄ちゃんにくっついて歩いて、同じことをしたがります。大抵お兄ちゃんも一緒に遊んでくれますが、自分のお気に入りのおもちゃで遊んでいる時や、ブロックで何か作っている時は邪魔されたくないらしく、「こっち来ないで!」と強めに言われてしまいます。

それでもやっぱり一緒に遊びたいのでめげずにくっついていきますが、しまいには押されて転んで泣く、というのが毎日のルーティーンになっています。それを私が怒って、息子がむくれて床に倒れこみ、その隙にお兄ちゃんの背中の上に妹が乗ってにこにこ笑ってる、というのがもはや我が家の午後の日課みたいです。

こんな日常がそのうち懐かしい思い出のひとつになっていくのかなあと思いながら、毎日二人の子育てに明け暮れています。

これから台風の季節になりますね。

最近はよくニュースで台風のことが取り上げられていますね。
気温が下がって涼しくなったのは嬉しいのですが、台風、ちょっと心配です。
いままでありがたいことに、台風での被害はあまりなかった地域に住んでいました。
それが、最近変わってきて、木が倒れたり瓦がずれたりと、心配なことが増えてきました。

年のせいもあるのか、風邪が吹く音や家がミシミシとたてる音も怖くなり、しんどいです。
雷の音なんかも、いままでは怖くなかったのに、最近は本当に怖くて、どうしてしまったんだろう…という感じです。
音だけじゃなくて、その後を想像するようになったからでしょうか…?大人になったなあ、なんて思います。

こういうことで年を感じますね。笑
衰えたことで年を感じるのとはまた違う感じがします。
台風が過ぎたらまた暑さがぶり返すということで、気温の変化に体がちゃんとついていけるか心配にもなりますが、気を付けて過ごそうと思います。
それが終わったら秋ですね!

私、秋と冬と春が好きなんです。笑
夏の終わりを感じてウキウキしている今日この頃。そろそろ秋の支度をしなくては♪
洋服や食べ物、考えるだけでも楽しみです~♪

きょうはおばあちゃんがそうめんを作ってくれたので、食べてきます!

旅行の醍醐味

私にとっての気分転換は旅行へいくことだ。

国内旅行でも海外旅行でもどこでもいい。普段とは違う景色や空気、雰囲気を感じられるだけで、気持ちがリセットするからだ。

国内旅行のメリットは近いこと、言葉に困らないこと、だからこそのんびり出来るし、気軽さが良い。

海外旅行のメリットは、違う土地に来たことの開放感を強く感じること、文化の違いに世界の広さを感じることだ。

私が旅行をして帰ってきたときに一番嬉しいことは、こんな広い世界の中で、私なんてとてもちっぽけな人間だと感じられることだ。

それによっていろいろ悩んでいたことが、すごくかわいかったことに感じるのだ。

それにこんなに世界は広いのだから、自分の生きる場所は今あるところだけじゃないことを感じる。
失敗してだめになったらまたやり直せる場所がこの地球上には溢れているということが分かる。

こんな感覚になることが私は旅行の大好きなところだ。

地球は生きている間には行ききれないほどの広さだから、行きたいところ見たい場所はどんどん足を運んで行きたいと思う。

こんなふうに自由にいろいろな場所を行き来できることは本当に幸せなことだと思うし、技術の発展はすごいスピードで進んでいるんだと感じる。

言葉の使い方における難しさについて考えること

言葉というのは、非常に難しいものだと思います。
例えば、「何事もやってみなければ、分からない。」と言ったとします。これを、喫煙者の気持ちを知るには、「煙草を吸ってみなければ、喫煙者の気持ちは分からない。」と言ったとします。
言葉の使い方自体に矛盾は、どこにもありません。しかし、世間一般の常識では、健康に害があるという事で不正解ということになります。
そういう事を考えていくと、言葉の奥深さという事がよく理解できると個人的には感じます。

でも、先程のことは人によっては、屁理屈だと言って揶揄される可能性もあります。その中で、言葉の使い方という事が問われてくるのだと思います。非常に難しい事だとは思います。
しかし、これが日本語の限界という事も、同時にご理解できると思います。
色んな言葉が世の中には存在しています。英語であったり、フランス語であったり、数を挙げればキリがないと思います。言葉には、それぞれ独特の世界観があります。
日本語では、表裏だけを考えればいいと思います。でも、世の中にはそうじゃない人間も少なからず存在しています。そういった中で、、言葉の使い方というのは日々、進化しているのだと思います。
もう少し、じっくりと考えて見る必要があると思います。